岩崎聖二|お金と私と10年日記

お金と私

私は「お金」について、特別な感情を持っています。いや、持っていました。

なぜお金について、特別な感情を持っていたのか? 時計の針を、少し巻き戻して話しをしたいと思います。

私が小学生のときから中学1年生ぐらいまで、世の中はバブル景気でした。ニュースはいつも、土地の値段が上がった、株価が過去最高を更新したというものばかりでした。

私の父親は、私が小学生低学年ぐらいまでは、毎年、新しいビジネスをやっているような人で、子供ながらに父親の職業はよくわかりませんでした。

小学校高学年ぐらいのときに、バブルの波に乗り、不動産業に進出。そこから中学1年生ぐらいまでは、「うちはけっこうお金持ちだな」と思っていました。

しかし、中学2年生のときにバブルが崩壊。ここから、うちの経済状況も、だんだん悪くなっていくのが子どもながらにわかりました。

高校時代は、ラグビー部に所属し、ラグビーばかりやっていました。バイトもせずに、ラグビーばかりやらせてもらったことは、本当に感謝しています。

高校を卒業するとき、うちの経済状況を考えて「働きたい」と母親に言いましたが、「大学は出てほしい」という説得に負けてしまい、大学に行きました。今考えても、働くべきでした。

大学でもラグビーをやりましたが、学費は奨学金を借りて、ラグビーの遠征費や生活費は、アルバイトとパチスロで稼いでいました。

うちの経済状況は年々悪くなっていき、私の財布から、親がお金を取ることもありました。父親は、いつまでも夢見がちで、私が大学生の頃は、金脈を探しに香港に行ったりしていました。こんな時代に、ゴールドラッシュを狙うなんて。

父は、どこまでいっても、コツコツ働くということが難しいタイプだったのだと思います。60歳過ぎても、金脈を探しに行くチャレンジ精神は、素晴らしいと思います。

しかし、父は何一つ形になることがないまま、私が大学4年生のときに、末期ガンと診断されました。ガンと診断されてからはあっという間で、半年で亡くなってしまいました。

父の残した借金は親族から借りたものなどが多く、相続を放棄しても返済しなければいけないものが、かなりありました。

そんな状況だったので、母はいつも家事をしながら働き、さらにお金の心配や工面をしていました。

そんな母を見ていて「安定した給料をもらえる仕事が一番幸せなんだ」と、父が亡くなった大学4年生のときに、私は勝手に思い込んだのです。

大学卒業後、安定した給料をもらうために、今までラグビーバカで、自分の名前さえ漢字で書けない知能から必死に勉強して、奇跡的に国家公務員試験に受かることができました。

試験に合格したので、当時付き合っていた女性にプロポーズしましたが、「私が欲しかったものは安定なんかじゃない」と言われて、フラれました…

私は公務員になることが彼女のためだと勝手に思い込み、試験勉強の間、彼女をないがしろにし、ヒドイ扱いをしたのです。彼女のために必死にがんばっている自分に、酔っていただけでした。彼女はまったく求めていないのに…

まさに歴史に残る「ひとり相撲」です。

以後長い間、人生に後悔し、やる気をなくし、恋の引きずり隊隊長となりました。

隊長のまま、翌年2001年4月、国家公務員(裁判所職員)になりました。

裁判所の事件の多くは、「お金」に関する問題でした。

お金を借りた、借りてないということから、残業代を払わない、敷金を返さないなどなど。

そして、家族関係の事件、相続や離婚調停でも、結局は、「お金」のことが大きな問題になります。

愛し合って結婚した二人が、別れるときは、夫が「婚約指輪返せ!」、妻は「こんなもん返すわ。その代わり、私があげた腕時計を返せ!」というように、プレゼントまで返品することになり、財産分与も100円ですら譲ることがありません。

相続の遺産分割も、自分で稼いだお金でもなく、何億円という遺産があるにもかかわらず、兄弟姉妹でののしり合い、1000円単位まで争います。

私の家族もお金に翻弄されましたが、裁判所でもお金に翻弄される人たちをたくさん見ました。

「お金」とは、なんとも不思議なものです。たくさんあっても幸せになれるわけではないのに、みな、1円でも多くのお金を得ようと必死です。

裁判所の仕事は楽しかったし、やりがいもありました。しかし、このままでは父が残した借金を返済することができない。

そして、心の奥底では自分のアイデアで、もっと多くの人を「笑顔」にしたいと思っていました。

もうわかっていたんです。自分が本当は何をやりたいのかを。

2006年3月末に退職しました。

公務員を辞めるとき、母親には泣かれ、上司からは「60歳まで働いたら退職金、数千万だぞ。お前はアホか?」と言われました。

たぶん、アホです。

安定という幻想にしがみつき、自分の本当にやりたいことをやっていなかった私は、本当にアホでした。

ちなみに、2006年の2月に結婚させていただく(もちろん、上記の女性ではない)。当時、妻は三重県に住んでいたので、2006年4月から東京で一緒に暮らし始めました。そう、公務員の夫と結婚したはずでしたが、一緒に暮らし始めたとき、夫はすでに無職になっていたのです(笑)

「自分のやりたいことをやりなよ! 応援するから」と言ってくれた妻には、本当に感謝しています。一生、頭が上がることはないでしょう。

公務員を辞めてから、とにかく生活していくお金を得るために必死でがんばるが、何かスキルがあるわけでもなく、人脈もお金もない。全然うまくいかない

「やっぱ僕には無理だよ~。再就職したいよ~」と毎日一人でメソメソしていました。

母親にはもちろん、「楽勝、楽勝! 絶好調!!」と強がっていました。反対を押し切って公務員を辞めていたので、誰にも相談できませんでした。

ここで逃げたら、自分の人生は一生逃げ続けるモノになってしまうと思い、必死でやりました。
ホームページの作り方の本を買ってきて、朝の6時から夜中の2時まで作業をするような日々。家に引きこもって15時間以上パソコンをやっていたので、人との会話の仕方や、歩き方をやや忘れました。

2006年10月頃からやっとビジネスが軌道に乗り、2006年11月にセクシーモ株式会社を設立。

裁判所時代に、特定調停(多重債務に困っている人の事件)という部署で、お金に無知なせいで、多重債務に苦しんでいる人をたくさん見ました。

ですので、そういう人に少しでも債務整理と過払い金の知識を届けたいと思い、Webサイトをつくりました。おかげさまで、「債務整理と過払い金」のWebサイトとしては、日本一見られているサイトになりました。

そして、次は「お金全般」について、多くの人に情報を届けたいと思い、この「サバイブ」というサイトを開設し、運営しています。

父が亡くなった当時は、父を恨んでいるようなところがありました。しかし、父がいたからこそ、絶対にお金がなくならない方法を私は必死で考えるようになりました。

父の借金を返すことで、見えなかった「お金」の本質というものが、見えてきた部分もあります。

ですので、今は、本当に父親に感謝しています。

そして、お金は便利なツールだけど、単純にお金の量が増えたからといって、幸せになれるものではないということが、心の底からわかりました。

100歳まで幸せに生きる

100歳まで幸せに生きる方法、これが私がサバイブで発信したいテーマです。

収入を増やすだけでは幸せにはなれません。

一般的には、お金は稼げば稼ぐほど、たくさん使ってしまいます。ですので、マインドを変えない限り、いくら稼ごうと残るお金は、あまり変わりありません。

優越感を得るために収入を増やしても、世の中には青天井のように稼いでいる人がいる以上、どこまでいっても満たされることはないのです。

人と比較していては、幸せを感じることができません。

今は、安くても素晴らしいサービスがたくさんあります。

メンドクサイからといって、「名前の聞いたことがある大きな会社」ということや、「みんながやっている」、「あの人はいい人だから」といって、すぐにサービスや商品を決めないでください。

それは本当にあなたの必要としているものなのか、あなたの身の丈にあったものなのか。思考を止めてしまえば、カモにされる残酷な世の中です。

私は、誠実に生きようとする人が、ズル賢い人に騙されて、辛い人生を歩まざるを得なくなるのが許せません。誠実に生きようとする人こそ、お金のことを学んでもらいたいです。

あまりお金を使わなくても得られるスキルや、楽しめる娯楽もたくさんあります。

知っているか、知らないかだけの違いです。

そのような、情報を発信していきたいと思います。

この世の中を100歳まで楽しく生き抜くには、7つことが必要だと思っています。

まずは3つの知識と1つの状態
 
(1)健康になる方法
(2)お金の守り方と増やし方
(3)テクノロジーの活用方法

(4)人とのつながり

これらがあると、長生きできる可能性が高まります。

そして、人生を楽しく充実させるためには
 
(5)教養(知らなくても生きていけるが、知っていると、より物事を楽しめる知識。チェスのルールとか)
(6)好きなことをやれる環境
(7)小さなことに感謝する気持ち
 
の3つが大切です。
 
サバイブでは、まずは(2)お金の守り方と増やし方を中心にお届けします。ゆくゆくは、(1)~(7)のすべての情報を発信していきたいと思っています。

(7)の小さなことに感謝する気持ちは、私はこのように仕組化しています。

プロ野球選手などと違って、「幸せ」という形式的な状態は存在しないので、人は幸せになることができません。

「私って幸せか?」と自分に聞いて、「まぁ、幸せだな」と答えて、はじめてその瞬間だけ幸せを感じることができるだけです。

病気になって回復したときや、貧困にあえぐ途上国の人を見たとき、自分にとって当たり前だったことが、有り難いことに思えて「自分は幸せだな」と感じるのです。

であるならば、強制的に感謝をすれば、幸福度は少し上がるのではないか? という仮説を立てて、私は1日のはじまりに神棚にお参りをし、夜寝る前に10年日記を書いています。

朝起きて、神棚に手を合わせ「今日も目が覚めて、1日生きれることが幸せです。ありがとうございます」とお参りをします。これで朝から強制的に幸せを感じます。

そして、夜寝る前は10年日記(10年分の11月22日が、1つのページになっている日記)に、今日の有り難い出来事を書きます。

どんなに小さなことでも、それが当たり前じゃないとわかれば、幸せを感じられます。

そして、去年の同じ日の幸せだったことを読み、一昨年の同じ日の幸せだったことも読み、3年前、4年前と読んでいくと、たいがい寝るころには、めっちゃハッピーになっています(笑)

人間なんて、結局自分が一番大好きですから、どんなドラマより、自分が主人公の日記は、本当におもしろいです。

だから、10年日記をたくさんの人にすすめているのですが、あまりやってくれません…

まぁ、メンドクサイですよね。

こうして、朝一番と夜寝る前に、強制的に幸せを感じることで、辛すぎる家事、育児に耐えているという、不幸な話なのです(笑)

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